歴史街道倶楽部 イベント

歴史街道時空の旅・メインルート戦国~江戸 大阪の知られざる歴史を歩く 大阪物語

募集内容

実施日 2005年10月14日(金)

行程

大阪城天守閣・講義「大阪城の歴史 豊臣から徳川へ」北川央氏(大阪城天守閣研究副主幹)・・・天守閣見学・・・昼食・・・難波宮跡・・・越中井・・・玉造稲荷神社・・・三光神社・・・空堀・・・円珠庵・・・生国魂神社・・・銀山寺・・・増福寺・・・口縄坂・・・勝鬘院・・・安居神社・・・一心寺・・・天王寺駅

レポート

実施日:2005年10月14日(金)

参加人数:63名

「大阪城ができる前、ここには大坂本願寺がありました。石山本願寺と覚えている方も多いと思います」。この日は、大阪城天守閣の北川氏の講義から始まった。会場も天守閣の二階。「本願寺は織田信長にとって最強最大の敵でした」と講義は続く。そして、信長の大坂城、秀吉の大坂城、家康の大坂城へと話は進んだ。昼食のあと、北川氏の案内で上町台地を歩く。難波宮跡を経て「越中井」に着く。細川忠興の邸跡である。関ヶ原の戦いの前、邸は石田三成の手の者に囲まれた。忠興は家康について関東に従軍中だった。妻ガラシャは邸に火を放ち、紅蓮の炎とともに昇天した。今残るのは、石で囲った井戸がただ一つだけ。しかし、近くにある聖マリア大聖堂の前には、真っ白なガラシャの像が立っていた。
三光神社は、大坂冬の陣のときに真田幸村が築いた出丸の跡という。境内に抜け穴が残り、そばに幸村の銅像がある。高い知略を持ちながら、なお愚直に生きたこの武将を、今も人々は愛さずにはいられないのだろう。円珠庵は小さなお寺だが、その境内に鎌八幡がある。この八幡には幸村の伝説もあるらしいが、今は縁切りのメッカだ。エノキの幹に数え切れないほどの鎌が刺さっている。縁切りを祈願して奉納したものだ。見ていたら背筋が冷たくなった。
生国魂神社で少し休み、いくつかのお寺を巡って、清水寺の上の丘に出た。この辺りを夕陽ヶ丘という。丘の上からは大阪の街が一望だ。私たちがそこに立ったとき運良くも夕日が大大阪を茜に染めていた。

歴史街道倶楽部会員誌「歴史の旅人」より転載