歴史街道倶楽部 イベント

信貴山朝護孫子寺から高安山麓の史跡を訪ねて

募集内容

実施日 2002年10月4日(金)~5日(土)

レポート

実施日:2002年10月4日(金)~5日(土)

参加人数:29名

朝護孫子寺の入口で大きな張子の虎が迎える。まさに聖なる信貴山の門前を守護するかのよう。玉蔵院で旅装を解き、さっそく野澤密孝貫主の法話を聞く。「この山にて、聖徳太子が寅の年、寅の月、寅の日に毘沙門天王をご感得になられ、信ずべき貴い山として毘沙門総本山とされた」ということであった。その後、頂上の信貴山城跡と空鉢堂を訪ねた。松永久秀の築いた城の跡はなく、石碑が建っているだけだった。下りの途中に本堂に寄る。さすが名刹だけあり、どっしりとした構えで厳かな雰囲気であった。夕食においしい精進料理をいただく。交流会で信貴山縁起絵巻のビデオを見て就寝。
翌朝、宿坊の周りを散策し、少し登ったところで信貴山全体を見渡すことができた。点在する赤い伽藍と緑が映えてとても素晴らしい。感動しさっそくスケッチをする。旅の情景を絵に仕上げるのは至福の時である。宿坊を出たのち、高安に向かう。弁財天滝を経由して山道をがんばって歩くと、七世紀ごろに唐・新羅からの侵攻に備えて築かれた倉庫跡礎石に着く。当時の朝廷の危機感と国を守る気概がうかがわれる。ケーブルカーで山を降り、八尾市内を散策。昼食後、江戸時代の高札所を見学する。聖徳太子が物部討伐を祈願して創建したという由緒を持つ教興寺は、弥勒菩薩が本尊。住職の親切で詳しい話に耳を傾けた。最後に訪れた垣内の善光寺では、縁起絵巻を見せてもらい、住職のユーモアある話からその数奇な物語に聞き入った。
時代は変わってもよき日本の原風景は変わらず残っていることを今回の史跡めぐりで知った。そして、このことは今後も変えてはならないと思った。

歴史街道倶楽部会員誌「歴史の旅人」より転載